表現は意味のきっかけ

創造、表現の意味・意義は、それを受け取る人との間に生まれる。

表現する側は、伝えたい気持ち、表したい情動に駆られて、形にする。

その形は、言葉だったり、お話だったり、音楽だったり、踊りだったり、モノだったり、空間だったり。

そして、表現された形が人々を喜ばせたり、驚かせたり、笑わせたり、考えさせたり、感動させたり、がんばらせたりする。表現する人はなにか伝わってほしいと思うものを込めて表現するのだけれど、受け取った人になにが感じられるか、なにが起こるかは、表現した人の思惑や想像には収まらない。表現する人の「意味」は、いったん形に表されると、相手の受け取りに託されるしかない。

その解釈は周りを囲む状況や受け取り手の気持ちなどに大きく影響を受け、それが表現する人の意図と合っている保証もない。ある意味、合っている必要もない。だから、表現する側は、結果として起こる表現の意味を正確に予見することも決めることもできない。その意味で、どのような芸術表現も言語表現も、「意味」の表現としては、「きっかけ」や「提案」でしかなく、完成された完璧な表現ではあり得ない。

だとすれば、表現においては、完璧にこだわらず、形にして出していくことが大切なんだろうな。

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